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シンポジウム「ウエルビーイングな社会を目指して~次世代に伝えたいこと~」
「これが私のウェルビーイング」東京農大のシンポで学生発表
「弁当の日」提唱者・竹下先生と、若者の食生活に問題提起する佐藤弘さんの講演も
食などを通して個人の幸せや持続可能な社会の在り方を考えるシンポジウム「ウェルビーイングな社会を目指して~次世代に伝えたいこと」(はばたけラボ主催)が10月13日、東京都世田谷区の東京農業大で行なわれた。同大学生ら約150人が耳を傾け、多様な幸福観や社会観を包摂可能な“ウェルビーイング(良好な状態)”の観点から、自身の日ごろの食生活や求める社会像との向き合い方などを学んだ。

20年前から変わらない 若者の乱れた食生活 このシンポジウムは、前半の講演と、後半のパネルディスカッションで構成され、最初に2人の識者による講演が行われた。まずは、若者の食生活の現状に警鐘を鳴らす元西日本新聞記者の佐藤弘さん。 佐藤さんは、朝食抜きやお菓子や炭酸飲料で食事を済ます20年前の大学生の食生活状況をスライドで紹介し、その後、同様の食生活状況である最近の事例も紹介して、20年前から変わらず続くこうした若者のおかしな食生活の原因を、聴講する学生に質問した。学生からは「面倒くさいから」「時間がないから」「好きなものだけ食べるから」などのさまざまな回答が挙がったが、その中の「お金がないから」という回答にだけは「それは違う」と指摘。「自炊にはそれほどお金はかからないし、学生の多くが水筒を持たずに気軽にペットボトル飲料をよく買っている現状などを踏まえれば(きちんとした食生活をするための)お金が学生にないわけではない」と述べ、全国的な傾向である若者の食生活悪化の原因を追究するよう学生に促した。また、食物が体内に取り込まれた後、どう影響するのかについて、水俣病の例も挙げて、さらに食生活について真剣に考えるべき必要性を促した。 最後は「このまま若者の乱れた食生活が続けば、日本社会は“体”の中から崩壊する。この流れを止めるための対抗手段は“教育”しかない。新聞記者としてこの教育の重要性を伝えるために見つけたのが“弁当の日”だ」と締めくくった。

続いて、香川県内の小学校で子どもが弁当作りに挑戦する取り組み「弁当の日」の提唱者である元小学校長の竹下和男さんが講演した。 竹下さんは2001年に始めた弁当の日のこれまでの取り組みを振り返り、弁当の日を始めようとしたときに、仕事を増やしたくない同僚教諭や、包丁やコンロを子どもが使うことを危険と考える保護者からの強い反発に遭っても見切り発車した当時の強い思いや、弁当を作った高学年児童の姿に憧れる低学年児童の成長ぶりなどを紹介しながら、子どもたちに包丁を持たせて台所に立たせることの意義を、弁当の日を切っ掛けに料理の楽しさに開眼したかつての教え子が、母となり自身の子どもと一緒に台所に立ってうれしそうに料理する姿を写した写真などを示して説明した。 その上で「小さいうちに台所に立たせれば、その子はきっと自分の子どもために食事を作ることに喜びを感じる子育ての好きな親になる」と述べて、今後も弁当の日が、食の大切さや子育ての楽しさを次世代に伝える役割を担い続ける、とした。

個人としても社会としてもウェルビーイングを目指す 後半のパネルディスカッションでは、まず、世界保健機関が設立された1946年に「健康とは何か」を定義する概念の一つとして提唱されたウェルビーイングの一般的な考え方を、東京農業大応用生物科学部の秋山聡子准教授が解説。続けて、応用生物科学部4年の高部海音(かのん)さん、国際食料情報学部4年の山崎万那実(まなみ)さんの同大生2人が、自身の身に引き寄せて考えた自らの目指す「私のウェルビーイング」を発表した。 秋山准教授は、ウェルビーイング(well-being)の一般的な日本語訳「肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態」を紹介した上で「もちろんこの”良好な状態”は人によって異なります。例えば、年収1千万円で満足する人いれば、そうでない人もいます。国民生活の良好な状態を示す数値として国内総生産(GDP)を重視する考えもあれば、そうでない考えもあります」と述べ、ウェルビーイングの具体的な内容は、各人、各社会の価値判断や選択によって異なる相対的なものであると説明した。 また、「栄養士、管理栄養士などの)食の専門家として活躍することが自身の良好な状態と考える学生の思いが現実化すれば、国民の健康維持促進という社会的に良好な状態をもたらす好循環が生まれる。まずは個人の良好な状態を向上させつつ、社会の良好な状態をも考えられる社会の一員になってほしい」と話した。

管理栄養士を目指して栄養科学科で学ぶ高部さんは「自分の人生を豊かにしようとする心を持っていることが私のウェルビーイングです。今の生活に充実感を感じたり、こうしたいと前向きな考えを持ったりすることが大切です。各自のウェルビーイングには行動の切っ掛けを与えたり支えたりしてくれる家族や友達などの周囲の存在が必要です。多くの人が人生に充実感を感じることができるウェルビーイングに向かって管理栄養士として今後活躍していきたい」と述べた。 国際食農科学科で学び、生活協同組合パルシステム東京に来春就職する山崎さんは「私の中では、昨日の良い状態、今日の良い状態、明日の良い状態は全然違う。例えば朝起きて“今日学校に行く”という課題を立て実際に登校したら、課題達成の充実感がある。これも一つの“良い状態”だと思う。社会的に大きな背景の中で語られるものだけがウェルビーイングではない。日々の一つ一つの行動を積み重ねる中で感じられるものが私のウェルビーイングです。これは自分の心の持ち方を大切にする捉え方です。あふれる情報に踊らされがち現代だからこそ、“自分軸”を持って生活することが必要です。私の考えるウェルビーイングは日々の生活の指針たる自分軸として重要な役割を果たすと思う」と話した。

この日のシンポジウムを聴講した学生の中には、「ウェルビーイング」という言葉や子ども時代の料理体験の有無などによってさまざまな反応、感想があった。 ウェルビーイングという言葉を今回初めて知り、子ども時代は台所に立つことが少なかったという国際食料情報学部3年の浦澤優希さんは「ウェルビーイングは人によってさまざまな内容であることが分かって勉強になった。料理に関しては、弁当の日の話を聞いて、もっと強く親に頼んで子どものころ台所に立たせてもらっていたら、現状よりもしっかり料理できるようになっていたと思う」と語った。 子どものころ祖母に料理を習い現在も多忙の母のために食事を作っているという国際食料情報学部3年の鈴木薫子さんは「自分では当たり前のことをやっていると思っていましたが、弁当の日の話を聞いて、小さいころから料理することで祖母や母からとても大切なものを受け継いできたことに改めて思い至り、自分が将来次世代に何を伝えるべきかを考えることができました。ウェルビーイングという概念はラジオで聞いて知っていましたが、パネルディスカッションの議論を踏まえて、私が勉強している食という角度からも再度ウェルビーイングについて考えたいと思いました」と話していた。